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「好き」をブチ抜く

本、映画、科学、哲学、心理、すごい人の考え方など。あらゆる情報を編集したい。

【人生変わったぁぁぁ】 度肝抜かれたアイデアたち

人類の英知と真の自由さ

こんにちわ、メタといいます。 

 

私がこれまで生きてきて、本当に度肝を抜かれたイデアたちを紹介したい。初めてそれらアイデアに触れたとき、本当に脳汁がドボドボだった。体も心底震えた。

 

そして、それほどすごいアイデア感染した結果、人生観が変わったとおもう。人間の知力のすごさを知ることになったからだ。ここまで人間は考えることができるんだと、感嘆した。この人間の可能性は、日常の人間関係に疲れていた当時の私にとっては、大きな希望になった。

 

なぜこんなにもすごいと感じるのか。それは、どの考えも常識を壊しまくるからだろう。常識だって一応は理屈だ。しかし、天才は理屈を理屈で破壊する。そこに、真に自由な思考を感じた。そして、ここまですごい世界を見せつけられると、日常の小さな悩みなんて吹きとぶ。どうしても自分のことに囚われてしまうのが人間ではある。けれど、自分をはるかに離れて、こんなに大きなことも人間は思考できるのだ。圧倒的なすごさを感じる。

 

このすばらしさに気づけたことは、とても大きな影響を私に与えた。「すげえ」「とてつもねえ」という打ちのめされた経験、あなたにもあるだろうか?そんな体験が人生にいい影響をもたらしてくれる、と私は信じている。各概念はとてつもなく深い。短いブログでは内容にあまり踏み込めない分、私の興奮が伝わったなら、と思う。

 

 

 

 

相対性理論

時間も空間も、観測者の運動に応じて伸び縮みする、というもの。

 

光の速度が一定なのだから、時間や空間の方が一定じゃない。時空が一定じゃない!!!???この発想の反転がすごすぎる!!!常識と違いすぎでしょ。常識が簡単に壊される。常識的な時間観、空間観がぶっ壊される。

 

そこから、宇宙論、重力論まで繋がっていくのもすごい。現代物理学の基礎になっていくわけだ。発見したアインシュタインってすげーーって感じた。

 

この凄さ、やはり自分で考えることによって到達してほしい。こちらの本が入門にオススメ。

 

 

量子論

ミクロな世界で、物質の真の性質が見えてきた。私たちが生きている日常の常識が全く通用しない。

 
物質は、波であり、粒子である
 
そして、それらの状態は「共存」しており、観測されるまで決定されない。本来的に状態が決まっているわけではないということが、常識の感覚と大きく異なる。人間の観測・知覚の限界を示した、ハイゼンベルグ不確定性原理にもつながる。
 
え、物質は粒でしょ?本来は状態が決まってないってどういうこと!?目の前にある机とか、観察しなくてもそこにあるでしょ?日常の世界と量子の世界、そんなに違うのおかしくない?このスケールの違いをついたパラドックスとして有名なのが、シュレディンガーの猫である。日常の感覚が、ことごとくぶっ壊される。けど、色々勉強すると到達できる。こちらの飲茶氏のサイトが分かりやすい。

量子力学 2重スリット実験 - 哲学的な何か、あと科学とか 
 
 

 

認識論

私たち人間は、世界をどのように認識しているのか、ということ。現状の哲学、科学での答えを見よう。人間は世界のありのままを認識できない、と結論付けられている。五感を通して入ってきた情報を脳が再構築する。それが私たちに見えている世界だ。世界そのままではなく、脳が作った世界の中に私はいる。

 

人は自分の世界の中にいる。一人一人見ている世界は微妙に異なっている。それなら、人が分かり合えないのもしかたないよなーなんて思ったりもした。こういう観点からも孤独についての考えが深まった。私が脳科学や哲学に興味を持つきっかけでもある。

 

人間の認識の限界を探る不可知性の考察が面白い。こちらの本が参考になる。

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

 

 

 

 

クオリア

科学における最大の難問であると言われるクオリアそもそも何が問題なのか自覚することすら非常に難しい。その分、その問題のヤバさに気付いた時の衝撃はハンパない。何せ、私たちの言語では、クオリアについて言及することすら難しい。クオリアとは、言語化しにくいという原理的な特徴がある。やば!!!ここら辺が科学の限界にも通じるところで、科学哲学の題材としてもめちゃ面白い。

 

言葉で説明するなら、今私が体験しているこの質感のことである。今、あなたはこのブログをスマホで読んでいるだろうか、それともパソコン?それらデバイスを手で触っているところをイメージしてほしい。どんな触り心地がするだろうか?

 

そう、その触り心地、質感こそがクオリアである。この質感がどこから来ているのか、どうやって成り立っているのか、よく考えていくとクオリア問題のヤバさがわかりはじめてくる。簡単に言う。私たち人間も原子という物質の集まりにすぎない。それらは単なる物質の集まりなのに、この質感はどこからどうやってきているのだろう。やばくね???

 

科学、哲学での議論そのものがとても刺激に満ちた題材でもある。興奮!!やっぱり、飲茶氏の解説が分かりやすい。

クオリア - 哲学的な何か、あと科学とか

 

さらに、心の哲学、心脳問題も科学とクオリアをめぐる最高にスリリングな分野である。これらの本がおすすめ。

心の哲学入門

心の哲学入門

 

 この本がおすすめ!!脳と心の関係、心脳問題入門へ。

interaction.hatenadiary.jp

 

 

 

これが人生で一番たまげた考えかもしれない。その他の理論は、常識の一部分を破壊するにすぎない。しかし、「空」は、常識のすべてを、つまり私自身を破壊し尽くした先にある。この出会いの衝撃は、本当に凄まじかった!!!!

 

空(くう)の思想とは

 

インド哲学が生み出した最大の哲学であり、事実上人間が到達しうる最高の知恵である。 
(驚くべきことに、現代物理学の双璧である相対論・量子論によって、遥か紀元前に発見されたこの思想の正しさが裏付けられているのだ) 
 

 

一言でいうなら、次の言葉。

 

 あるとも言えるし、ないとも言える。

 あるとも言えないし、ないとも言えない。

 有無を包摂した概念が空

 

これを踏まえれば、何もないのと何でもあるのとは同じ。1=0。などと考えることができる。

 

すなわち、私たち人間の言語的な癖を徹底的に壊していくのだ。そして、その先に待っているものとは......それが、すべてのものの全体である「空」だという。

 

しかも、これらは思想だとも言えるし、思想ではないとも言える。仏教は、「空」を体感することを求める。そして面白いのは、「空」を言葉で説明してもあまり意味がない、ということ。悟っていない私たちが、「空」をいくら言葉で説明したとしても理解したことにはならない。理解ということとは、別次元にある。

 

理解するという行為とは別次元にある!!!

 

こんな対象、普段の生活であるだろうか...

こんな人間の常識を徹底的に覆していくのが仏教だ。

 

説明の次元でならば、論理を徹底すれば、「空」の論理にはたどり着くことはできる。例えば、以下の本を読むなど。そして、論理や量子論などの科学でのアプローチが「空」を裏付けることになっていく流れも壮大である。それと同時に、私は、言語と認識、論理学なんかも気になり始める。最近はウィトゲンシュタインなどにハマり始め...

 

 こちらが入門におすすめ。超おすすめ!!おすすめ!!!

現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))

現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))

 

 

 

 

 

 

最後に

今回紹介したもの以外にも、すごい概念はまだまだ体験した。それらもいつかブログにかければ、と思う。

 

最後にもう一度言うが、これらの出会いは、人間の可能性、成長の動機、真の自由をもたらしてくれると思う(私にとっては、本当にそうだった)。

 

 

このブログが誰かの自由につながったのなら、私はとてもうれしい。共感してくれる方、フォローしてくれると喜びます!!