すごブロ

『凄い人・本・映画・概念・理屈』に "感染" した結果、生きやすくなった男が紹介する。真の教養と自由を。

「科学哲学の冒険」科学の目的と方法を考える!!

科学へのツッコミ

 

科学の真理は社会的構成物だ! vs 世界は科学によって正確に捉えられる!

 

科学という方法への批判として、大きくは上のような対立構造がある。だから、サイエンスの目的と方法を議論する必要がある。さらに、科学そのものをしっかりと考え抜くという「科学哲学」は、現代人にとって必須の教養であると思う。皆あまりにも科学に対して盲目過ぎる。まるで科学を信仰しているようだ。そうならないためにも、科学を見つめ直すことは役に立つ。とくに10代20代の若者、中高生、大学生は、科学との付き合い方を若いうちに身につけておくことはメリットが大きいと思う。こうした教養こそがあなたを自由にしてくれると思う。

 

・科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる

科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス)

科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス)

 

 

 

科学哲学の問題意識

本書、巻末にて科学哲学の問題とはどういうものかがまとめられている。一部を抜き出す。こんなまとめは、ありがたい。

 

・科学の方法とは何か。科学はなんでもありなのか。

・科学と非科学、疑似科学を区別する基準はあるか。

帰納法は正当化できるか。それとも正当化する必要はないのか。

・説明とは何をすることか。法則からの演繹か、原因突き止めか。

・科学理論が説明の役に立つのかなぜか。

・観察は理論から独立しているか。

 

なるほど、科学というものが絶対的ではないことがわかる。まだまだ議論すべきことは多いのだ。そして、今後、これらの答えが出る保証もない。これらテーマを少しでも心にとめて、科学と付き合っていくしかないのだろう。本書では、著者は科学的実在論を擁護する派として論を進めていく。しかし、著者が大事にしたい論点を元にまとめられるが、あくまでもそれらは仮説である。完璧な答えが出るわけではない。ここが、我々に理性的に考え続けることを要求する哲学らしいところである。だからこそ、知識としても、考える訓練としても、とても勉強になる。

 

世界をもっと知りたい!!

それなら、科学だ!いや、けど、科学って案外信用できなそうだぞ...?

けど、人類が編み出した最適な方法は科学しかないのか...

なら、もっと科学のことを学ぼう!

 

私としては、こんな気分だ。

 

以下は、気になるトッピクの一部をまとめてみたい。興味を持てた方は、ぜひ本書に進んで欲しい。

 

 

 

科学的実在論、社会構成主義反実在論

独立性テーゼ

人間の認識活動とは独立に、世界の存在と秩序がある

 

知識テーゼ

人間が科学によって、その秩序について知ることができる

 

科学的実在論

独立性テーゼと秩序テーゼの両方を認める

 

・社会構成主義

世界の秩序は科学者の集団的な合意によって、世界に押し付けられると考える。独立性テーゼを拒否する。

 

反実在論

独立性テーゼを認めるが、知識テーゼを観察不可能な対象にだけ拒否する。観察不可能な理論的な対象が、世界の真理を語っているのだとする根拠はない、とする。

 

 

科学の目的

反実在論者は、世界に正確に対応した真理を見つけることが科学の目的ではないと考える。反実在論の立場では、この目的は果たせないことになるからだ。

 

我々は世界のどこまで知りうるか、科学の目的は何か、という論争につながっていく。

 

 

帰納法へのツッコミ

帰納と演繹、これは耳にしたことがあると思う。この2種類の方法こそが科学を進めていく柱になっている。にもかかわらず、帰納と演繹への批判は大きい。ここでは、帰納を考える。

 

太陽は東から昇るが、明日もそうなる保証はない。「これまでこうなってきたから明日もそうなるとは言えない」のである。つまり、帰納法を経験的に正当化することはできない。帰納帰納で根拠づけることになり、循環になる。

 

ある推論方法によって、その推論方法自身をどうやって正当化できるというのか。

自分の靴紐を引っ張って自分自身を持ち上げるようなものだ。この例えは、「ゲーデルエッシャーバッハ」に出てくるもので、私は気にいっている笑。

 

 

帰納法を援護するために

では、帰納を擁護するためにどこを考えればいいか?まずは、帰納を何に使っているのか分けよう。

 

科学に先立って、科学の方法を決めておこうという考えかたもある。その中で、これから帰納を使っていいか決めるために、帰納を使うのはまずい。循環だからだ。

 

しかし、すでに始まっている科学という探求の中で、その探求方法そのものをチェックするには、これまでの方法(つまり、帰納)を使うしかない。

 

科学に先立って科学を基礎付ける独自の特権的営みとして哲学を捉えるのはやめて、哲学的探求を科学のうちに埋め込まれた、経験的探求の一コマとして考えましょう

 

帰納が使えるような宇宙に、帰納を使う我々が誕生した。我々はどういうわけだか、帰納を使うようにできている、これをまずは認めよう。

 

科学でなぜ世界が理解できるのかという問題への答えも、「我々の科学が通用するような世界に我々がいるからだ」でいい。

 

以上が帰納を援護する考え方だ。これをもとに著者は、科学的実在論を擁護する方に論を進めていく。

 

 

 

他の本を上げておきます。これらもまとめたいですね。

科学哲学への招待 (ちくま学芸文庫)

科学哲学への招待 (ちくま学芸文庫)

 

 

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

 

 

 

科学哲学というテーマでは、こちらの記事もオススメです。

interaction.hatenadiary.jp

interaction.hatenadiary.jp

interaction.hatenadiary.jp

 

 

 

 

 

本ブログが誰かの自由につながったのなら、私はうれしい。