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教団x 【感想・ネタバレ】 宗教とは人そのものである!!

記事の内容

 

今回の記事では、中村文則の「教団x」という本の感想をまとめる。

 

アメトークでも、紹介されるなど一時期注目を集めていた本だ。

 

しかし、その内容はジャンル分け不能なほどカオスな本である。しっかりとオチがあるストーリーでもなく、ネタバレもしにくい。

 

脳科学宇宙論から政治論まで、学問的な考察が溢れたかと思えば、性描写も激しい。

 

今回は、人の心や宗教など、本質的なテーマを考える。ここに触れても、あまりネタバレになっていないのが、この作品の面白いところだろう。

 

 

 

 

 

教団x あらすじ

教団X (集英社文庫)

教団X (集英社文庫)

 

 

謎のカルト教団と革命の予感。自分の元から去った女性は、公安から身を隠すオカルト教団の中へ消えた。絶対的な悪の教祖と4人の男女の運命が絡まり合い、やがて教団は暴走し、この国を根幹から揺さぶり始める。神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、光とは何か。著者最長にして圧倒的最高傑作。

 

 

 

 

 

 

分かりやすくない小説

 

この小説は、特定のジャンルに属するというよりも、純文学作品に近いと言われている。

 

一言で言えば、人という存在の追求だと思う。それを描くための物語だ。

 

一方、多くの人が望むのは「分かりやすいエンタメ」だ。自分の見たいものだけを見るのが娯楽だと思っている。

 

しかし、現実の世界はどうだろう?残酷なことはいくらでも起こっている。世界には、良いことも、とんでもなくひどいこともある。

 

この小説は、そのグラデーションを記録する。

 

現実のような分かりにくさ、不合理さを描くのだから、不快に思う人もいれば、面白くないと思う人も出てくるはずだ。

 

 

 

 

 

人にとって宗教とは何か?

 

この小説に心を動かされる人ももちろんいる。宗教がない?はずの日本人なのに、なぜここまで共感できるのか?

 

宗教とは、人間の心の弱さと強さそのものだからだと思う。

 

宗教を完璧に定義することは難しいが、このように考えることもできるはずだ。

 

人にとって宗教とは、人そのものなのだ。

 

人がなくならない限り、宗教は消えない。

 

本作でも繰り返し描かれたのが、「生と死」である。この生と死こそ、日常の論理をはみ出るものだ。だから、絶対的な答えはない。

 

よって、宗教がその説明役を担うことになる。

 

その説明に説得力をもたらすために、宗教独自の論理と信者の数が必要になるのだろう。

 

 

 

 宗教というテーマは個人的にも、もっと深掘りしたいと考えている。このブログでも、繰り返し宗教について考えている。

interaction.hatenadiary.jp

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なぜ宗教は集団を作るのか?

 

そもそも、人は人に頼るようにプログラムされている。社会性のためだ。

 

自分の生きる意味を認めてもらう必要がある。

 

つまり、他人か理屈に頼るのだ。

 

そこでは、認めてくれる人が多ければ多いほどいい。思想そのものも支持する人が多ければ多いほど、強固なものに見える。

 

多くの人が関わっているほど、より安心するのが人間なのだろう。

 

社会という常識に合わない宗教ならば、信者が信者を支えることによって、その独自性を保証する。

 

一方、自分の考え、生き方を保つのに、他者はいらないという人もいる。そんな人は、自身の理屈に従うのだろう。「他人は他人、俺は俺」というわけだ。もちろん、彼らは特定の信者にはなりにくい。むしろ、タイプとしては教祖に近い存在だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

因果と男と女

 

教団のトップに立つ男たちはみな、過去に激しい体験を抱えている。

 

「生死」の激しさ、だ。

 

戦争や貧困、性愛、これらと付随する大きな死の記憶。このどうしようもないほどの体験が、彼らの人生に大きな影響を及ぼしている。

 

松尾のように安らかな死へ旅立つものもいれば、沢渡のように破滅へと進むまのもいる。

 

この本の結末を見れば分かるが、女たちが前向きに未来を見るようなる。男たちは過去にとらわれ、女たちは未来を見据える。

 

この構造に、著者はどんな意味を込めたのだろうか?

 

本作にずっと流れる1つのテーマとして「性愛」というものがある。肉欲に溺れるだけではなく、人の究極の目標のような、未来へと何かを残していくような、大きな意志を感じた。だからこそ、強い女たちの強い決意で本書は終わる。

 

 

 

 

 

なぜ教祖は教祖になるのか?

 

教祖になる人たちの共通点としては、過去に深く激しい体験をしているところだ。まさに、自分の「生死」を揺るがされた経験である。

 

彼らは、人よりも心の穴が大きい。それでは、その穴を埋めるしかない。

 

自分で自分の穴を埋められるほど、成長する者がいる一方、他人を使わずにはその穴を埋められないものもいる。

 

ここに、沢渡と松尾の違いがある。

 

沢渡は信者を集めることが目的だった。その上で、彼は破滅したかった。破滅する前に、自分を肯定してくれる場が欲しかった。

 

一方、松尾は修行する中で満たされていった。色々な学問的な知識も豊富だ。もはや私だ、他者だ、という区切りでさえ無意味になった。素粒子論を引用したように。

 

他者を使わずに、穴を埋めることができたのだ。そんな彼の周りには、自然と人が集まってきた。

 

教祖が教祖になる過程にも、このような違いがあると思う。

 

 

 

 

 

総括

 

常識という思考停止装置に、皆で従っていれば楽だった時代は終わりつつある。常識がばらけているからだ。

 

「宗教」の役割はどうなっていくのだろうか?

 

そんな中、本書のような読書体験は貴重だと思う。

 

なかなか評価が難しい小説だが、気になったならぜひ読んで見てほしい!!