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ジョーカーとキングオブコメディ 共通点は? 狂気に満ちた2人のコメディアンの物語

記事の内容

大反響を起こしている映画、ジョーカー。

 

孤独で報われない男が、ジョーカーとして覚醒していく物語だ。

 

そして、彼はコメディアンを目指していた。

しかし、みんなを笑わせたいという夢があるのに、彼の存在には誰も興味を持っていない。

 

この映画がオマージュをささげた作品こそ、「キングオブコメディ」だ。

孤独なコメディアンが有名になろうと、だんだん狂っていく様を描いた映画だ。ジョーカーとは、たくさんの共通点がある。

 

今回の記事では、キングオブコメディの内容を紹介する。ジョーカーとの共通点も探りたい。

 

 

 

 

キングオブコメディ(1982)

コメディアンとして有名になりたいと考えているルパート・パプキンは、有名コメディアンのジェリー・ラングフォードを熱狂的ファンの群れから救い出し、強引にコネをつける。「今度事務所に自演テープを持って来い」と言われて有頂天になったパプキンは、早くも自分はスターになったと錯覚し、昔から好きだった女性リタにも接近するが……。

 

監督は、マーティン・スコセッシ

主演は、ロバート・デ・ニーロ

 

ロバートデニーロが、冴えないコメディアンを熱演している。

彼のおかしい演技こそ、この映画を傑作のいきまで押し上げている。

 

 

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パプキンという男

 

パプキンは、妄想が激しいタイプの人間だ。自分の思い込みの世界を生きている節がある。

 

人の話を聞かないタイプの人間だ。

 

彼は、ジェリーと友人になれたと思い込むのだ。

彼に粘着しはじめ、自分の漫談を吹き込んだテープをうりこもうとする。

 

何度もジェリーの事務所におしかけ、いすわり、ジェリーに接近しようとする。パプキンの頭の中では、すでに自分はジェリーに認めてもらっていると思い込んでいるのだ。

 

結局、彼は事務所を門前払いされ続けてしまう。

 

パプキンはあきらめるはずもなく、リタとともにジェリーの別荘まで直接押しかけてしまう。ついに、そこでジェリーと再会するパプキン。しかし、冷たくあしらわれてしまう。君の勘違いだ、と。リタにも愛想をつかされてしまう。

 

ここが、この映画のターニングポイントだ。

 

パプキンは、これをきっかけにとある決意をする。

 

 

 

 

一夜だけのキング

 

パプキンがした決断とは、ジェリーを誘拐することだった。そうすることで、彼の番組に自分が出演しようとしたのだ。

 

ジェリーに粘着している女性と手を組み、ジェリーを誘拐することに成功する。

 

番組プロデューサーと交渉し、パプキンは、「キング」として、ジェリーの番組に出演することになる。

 

彼は、自分の放送をバーでリタに満足げに見せる。

 

 

 

そのあと、彼は逮捕させるが、彼の一夜だけの出演は伝説になっていた。出所後、彼は一躍人気者になっていた。

(しかし、この描写パプキンの妄想なのではないか、という議論が続いている)

 

 

 

 

ジョーカーとの共通点がたくさん

主人公は、どちらもコメディアンとして成功することを夢見ている。

 

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しかし、世間のだれも関心を持ってくれていない。

 

キングオブコメディで繰り返される描写は、主人公ルパート・パプキンの名前間違いである。

「パプキン」という名前をいろんな人に間違えられまくるのだ。

 

これは、彼がだれからも注意を払われない存在だということの暗示なのだろうか。

 

ジョーカーでのアーサーも、キングオブコメディのルパートも母親と二人暮らしである。この描写も、社会に自分の居場所がないということを強調している。

 

そして、ふたりとも、妄想の世界でかろうじて自己肯定しているのだ。しかし、それは悪化し、妄想と現実の境界がぼやけてしまっている。

 

そんな人間の行き着くさきこそ、、、

 

 

 

 

きっかけにより、爆発、覚醒する

アーサーもルパートも、とあるきっかけにより覚醒していく。

 

現実を選ぶのではなく、自分の妄想を選ぶのだ。

 

ここが決定的なターニングポイントだ。もう、常人には戻れない。

 

アーサーもルパートも、自分の願いを純粋に実行する。

 

ルパートは最初から最後まで、純粋にコメディをしたかった。

 

アーサーは、自分のうちなる何かを開放することで、世間に認めさせた。

 

どちらの映画のエンディングも、彼らの妄想エンドともとれる点が共通している。

 

 

 

 

 

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インザトールグラス 狂気の迷路 【解説・考察】 岩の正体は?草の迷路が怖すぎ!

記事の内容

ネットフリックスにて公開された新作作品「インザトールグラス 狂気の迷路」。

 

早速見たのでネタバレ感想を書いていきたいと思います。

 

人の背丈よりも高い「草」の迷路にかこまれ、出られなくなってしまうというストーリー。タイトルに「狂気」とあるとおり、ただでは終わらないティーブンキングらしさの出た不気味なホラー映画でした。

 

ぞわっと、気軽に楽しめるホラーです。

 

さっそく、ネタバレを書いていきます。

 

 

 

 

「草」がとんでもなく怖い

さて、詳しいネタバレになる前に、この映画の最大の見どころに触れておく。

 

それは、「草」。

 

人の背丈よりも高い草原が一面に広がっている。このどこまでも続く、緑の面からは、とても「自然の恐怖」を感じる。

 

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ネットフリックス インザトールグラスより

 

人間にはどうすることもできないという自然に対する恐怖が、じわじわと襲ってくる。

 

そして、その中で迷ってしまうという恐怖がリアルに描かれている。ただの草原ではないということも徐々にわかり、その恐怖はなかなか他のホラー映画では味わえない。

 

「背の高い草の迷路」は、シンプルな設定なのに、恐怖感がものすごい!!

 

この恐怖は、予告を見て感じてもらうのがいいだろう。

 

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一面の緑が、まるで人間の脳のようにも見える。

 

意思を持った「緑」のよう。

 

この中に迷い込んだら、不思議な要素がなくても怖い。出られなくなりそう。

 

 

 

 

 

 

ストーリー ネタバレ

 

車で移動しているベッキーとカル。

ベッキーは妊娠しており、どうやらこどもを養子に出すために移動しているよう。

 

車を止めていると、背の高い草原のなかから、子供の声が聞こえてくる。

 

「たすけて、ここから出られないんだ」と。

 

子供をたすけるために、二人は草原の中へと入っていってしまう。

その草原の中では、お互いの位置が特定できない。二人は迷ってしまう。

 

叫んでいる少年の名は、トービン。トービンとカルは出会うが、トービンによって大きな岩のあるエリアに導かれてしまう。

 

一方、ベッキーはトービンの父であるロスとであう。ロスの様子はどこかおかしい。

 

 

 

 

 

舞台は2か月後へ

場面は変わり、トラヴィスというキャラクターが登場する。

 

彼は、消息不明となったベッキーとカルを探しに来たのだ。ベッキーの子の父親こそ、彼である。

 

そんなトラヴィスも草の中の迷路へと踏み込んでしまう。

 

そこで、トービンと遭遇する。トービンのほうは、トラヴィスを知っているようだ。

 

そう、この二つの家族は、ループしていたのだ。どちらが先かわからない。どちらが原因になっているのかはわからない。

 

もう一つのポイントが大きな岩の存在。

 

触れた人間を狂わせてしまうのだ。

 

岩に触れたロスは、他のみんなを岩に触れさせようとする。従わない妻の頭をつぶして殺す。

 

 

 

人間関係の結末

自分の子供をおろすようにようにベッキーに迫ったトラヴィス

実の妹へのゆがんだ愛情をむけるカル。

 

ロスが何を抱えていたのかは描かれないが、岩に魅了され、自分の家族すら殺してしまう。

 

ロスは岩に触れたことにより、迷路の中の近道を知ることができたのだ。

 

ベッキーたちも、追い詰められてしまう。

 

そして、カルやベッキーのことも狙い、殺してしまう。その周りには、たくさんのカルとベッキーの死体が。

つまり、このロスによる殺害も、何度もこの草原のなかでは繰り返されていることになる。

 

なんとか、トラヴィスはロスを打ち倒す。

 

そして、自分から岩に触れる。

そうすることによって、トービンを出口へと逃がそうとしたのだ。

 

外に出たトービンは、草原に入ろうとしているカルとベッキーの二人に遭遇する。

 

トービンは、「入ってはダメだ」と二人を制する。二人は、草原に入るのをやめる。

 

そして、ベッキーは気が変わり、自分でおなかの子を育てようと来た道を引き返すことにする。

 

その様子を、トラヴィスは草原の中から静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

岩の正体とは?考察

劇中にでてくる最も不思議な存在こそ、大きな岩である。

 

不思議な草原の根源ともいえるのが、あの岩だろう。

 

岩の表面には、象形文字のようなもので、赤子を生贄に捧げる?ような模様が描かれている。

 

ここから、最終的な狙いはベッキーの赤子だということがわかる。何度も何度もこのループを繰り返してきたのだ。

 

赤子とは、始まりを暗示する。人間のはじまりであり、このループの原動力のようなものなのではないか?

 

そして、岩とこのループは、「人類の暴力の歴史」の象徴なのではないか?

 

アメリカの中心という言葉からわかるように、アメリカの歴史も反映している。

 

インディアンが虐殺されたという歴史も、おおきく反映しているはずだ。

 

暴力という人類の血の歴史。

 

これを今まさに、人類に突きつける機能が、あの岩の目的だったのではないか。

人類が争いの運命から逃れられないということのモデルが、今回のループの登場人物たちだった、そう思われる。

 

 

 

 

感想

 

みなさんはどんな感想をもったでしょうか?

個人的には、前半の雰囲気がつづいてほしかったです。

 

後半の展開はありきたり、という印象です。

 

せっかく昼間の草の描写がいいのに、夜のシーンが多すぎるのも残念なところでした。

 

 

 

 

 

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【俺か、俺以外か】 他人の人生を生きるな!ローランドの生き方

記事の内容

今回は、ホストの帝王として話題になったローランドの本を紹介したい。

 

 

彼の思考、生き様が詰まった本だ。

私は、ガクトの考え方を尊敬しているが、たしかにガクトがローランドを認めているということに納得の内容だった。

 

自分の人生を生ききる

 

そのために役立つ思考のエッセンスが詰まった本だとおもう。

 

その一部を紹介し、自分なりに考えてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

名言1

 

世の中には二種類の男しかいない。俺か、俺以外か

 

〇〇系やら〇〇タイプなんて、カテゴライズされて生きていくなんて、絶対に嫌だった。

 

「俺以外」として生きるほうが何倍も楽だろう。周りと同じでいい。カテゴライズされた中の1人でいいという感覚は、ぬるま湯のようで楽なのかもしれない。

 

 

この本のタイトルにもなっている「俺か、俺以外か」。

この言葉は、かなり深い。

 

誰の人生でもなく、自分の人生を作る。

しかも、自分で作るのだ。

 

この考え方こそ、まさにもっとも大事なことだろう。ふつう、人間はまわりに合わせるように教育される。つまり、成長すればするほど、「自分」がなくなるのだ。

 

空っぽのあなたの出来上がりである。

 

しかし、自分で考えず、誰かの言うとおりに生きるのは、ローランドの言う通り、楽な道でもある。そのぶん、こんなのは自分のやりたいことじゃない、自分がわからない、と、どこかで不満を抱えたまま生きることになる。

 

 

作家の森博嗣の次の言葉も最高に好きな考え方だ。

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人生も、あなたが生まれて、あなたが生きているのは、世界で唯一の条件であって、過去にあなたが生きた例はない。

 

 

 

他人の時間を生きるな

他人の時間を奪われるな

自分の時間を生きろ

 

このテーマでは、次の記事で詳しく考えている。

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名言2

 

年齢は、どれだけ生きたかは教えてくれても、どう生きたかは教えてくれないだろ?

 

これも、納得。

年齢という記号にこだわりすぎる人が多すぎる。

 

毎回思うのだが、年齢という情報からいったい何が分かるというのか。

 

年齢という記号ひとつで語れるほど、人間は単純じゃない。

彼の言う通り、どう生きたのか、その内容を自分でつくるべきだ。

 

 

 

 

名言3

 

人が見ていないところで格好つけられない奴が、どうして人が見ているときに格好つけられんですか?と。

人が見ていないときこそ、格好つけるのだ。

 

これもひとつの考え方だと思う。

 

自分のルールを徹底するそのストイックさ。

ここがまさに、努力がいるところだろう。それを実行し続ける意志の強さこそ、彼の凄いところだ。

 

ガクトのストイックさにも似ているところがある。

 

イチローなど、何かを成し遂げる人物はみな、自分のルールを継続し続けている。

 

 

 

 

 名言4

 

先の見えない人生が怖いって?

俺は先が見えてしまった人生のほうがよっぽど怖いね!

 

 

これは、今の時代にこそ必要な考え方だ。

そして、ずっと、本質であり続けるととおもう。

 

社会の変化のスピードがはやくなり、さきがどんどん見えなくなってきている。つまり、これまでと同じようにやっていればいいわけではないのだ。

 

そんな現実に対応するメンタリティこそ、この考え方だろう。

 

変化を楽しみ、「今」を生ききる。

「今」できることをやりきる。

 

これが、本質的に大事なはずだ。

凄い人物はこの本質を理解している。実行している。

 

 

 

落合陽一と宮台真司も次のように語っていた。

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落合

今できる最大のことをやり続けろ。テックの進展が早いので、予想してもしょうがない。

 

宮台
キャリア形成ということそのものが、劣化。
どうなっても生きられるようなポテンシャリティを持つべき。

 

 

 

 

 

 

名言5

 

昔は街の誰もが、俺の価値なんて気づいてくれなかった。昔は街の誰もが、俺をリスペクトしてくれなかった。

そんな状況でも俺は俺のことを信じ、自分は価値のある人間なのだと信じていた。

 

 

 

 

自分自身を信じ切ること。

これがのちに形となって現れる。

 

よくいう、「思考が現実化する」というやつか。

胡散臭い自己啓発のようにも聞こえてしまうが、よく考えればこれは当たり前の話である。人は、自分で考えたような人間になるだけだ。

 

「信じる」ということの威力について、科学でも注目され始めている。

 

強烈に信じきることで、変化があるはずだ。

 

「信念が細胞からあなたを変える」

こう述べる科学者もいる。

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おすすめ記事

くわえて、ガクトの考え方も紹介しておきたい。彼も、まさに自分の人生を生ききっている人だ。凄いとおもう。

 

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きになった方は、ぜひ本書へと進んでみてほしい。

 

 

 

 

 

ジョーカー 【完全ネタバレ・感想】 狂気に満ち満ちた鬱映画? ラストシーンの意味とは?

記事の内容

2019/10/4に、ついに公開された映画「ジョーカー」。

 

予告編から、期待が膨らんでいた人も多いはずです。前評判も相当たかく、「アカデミー賞確実か」ともいわれていますね。

 

さっそく見てきたので、完全ネタバレ記事を書きたいと思います。

 

ストーリーのネタバレ、見どころなど、まだ見ていない人は注意です!!

 

 

 

ジョーカー

 

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監督:トッド・フィリップス

キャスト:ホアキン・フェニックスロバート・デニーロなど

 

トッド・フィリップスは、「ハングオーバーシリーズ」などが有名。

 

 

 

 

 

ジョーカー ストーリーネタバレ

 

母と2人暮らしのアーサー。

彼には、コメディアンになるという夢があった。

 

彼には、突発的に笑ってしまうという持病があった。ピエロとしての仕事をしつつも、うまくいかない日々が続く。

 

彼には精神病院に入院していた過去がある。その治療のために現在でも、定期的にカウンセリングに行っている。薬も飲んでいる。

 

仕事中に少年たちに襲われたことがきっかけに、同僚から銃を渡される。

 

しかし、病院で子供たちを楽しませるピエロの仕事中に、銃を落としてしまう。銃の件で同僚にはめられ、仕事を首になるアーサー。

 

その帰り道、地下鉄に乗っていると、3人組の男に襲われる。そんな中、アーサーは男たちを撃ち殺してしまう。スッキリした表情のアーサー。ここから彼は、本当の狂気の道を進んでいく。

 

一方、世間では富裕層と底辺の格差が広がっていた。そこで起きたエリートサラリーマン3人の殺害事件。犯人はピエロの格好をしていたことから、世間では、ピエロの格好で富裕層へのデモ行動をすることが広まりつつあった。

 

しかし、社会保障であるカウンセリングがうちきられてしまう。

 

やや吹っ切れたアーサーは、同じアパートに住むソフィーともいい感じになる。そして、バーでのコメディアンとしての仕事もうまくいく。

 

一緒に暮らしている母の手紙を盗み見たことから、自分の出生に疑問を持つ。母は昔、トーマスウェインの元で働いていたのだ。トーマスウェインは、ゴッサムの市長選に立候補するほどの人物だ。

 

そして母曰く、アーサーの父親が彼だという。アーサーは、トーマスウェインを訪ねる。自分はあんたの息子だ、と泣きつくが、お前の母親はいかれていると、殴られる。実際に母が入院していたという精神病院を訪ね、母のカルテを盗み出す。そこで、母が自分を養子に取ったこと、母の男に自分は激しい虐待を受けていたことを知ってしまう。

 

例の事件で家を訪れた刑事たちを目にし、母は脳卒中で入院してしまう。

 

隣人ソフィーとの恋も自分の幻想だったことに気づく。

 

全てを知り、絶望に落ちたアーサーは、母を枕で窒息死させる。

 

憧れだったマーリーの番組から、オファーが届く。その出演日に、準備しているアーサーの元へ、元同僚たちが訪ねてくる。意地悪をされた同僚を殺し、優しくしてくれた方の同僚は逃してあげるアーサー。

 

髪を緑に染め、ピエロのメイクでマーリーの番組に出演する。そこで、アーサーは「ジョーカー」と紹介してくれと、頼む。

 

徐々に興奮していくアーサー。3人を殺したことを告白し、世間への思いを語る。「誰も自分の存在など知らない」と。

 

「僕には守るものも失うものももうない」

マーリーへも怒りを向けるアーサー。「俺を笑い者にするために呼んだな」と。アーサーは、マーリーを撃ち殺す。

 

ゴッサムの街では、ピエロの格好をしたデモが加速していた。街中が火に包まれている。そんな中、パトカーで連行されるアーサー。彼のパトカーにトラックが激突し、アーサーはひきずり出される。

 

ブルースウェイン(後のバットマン)は、目の前で暴徒に両親を撃ち殺される。

 

デモの中心にアーサーは英雄としてむかえられる。そこでの彼の表情は、ジョーカーそのものだった。彼の笑みは、血で縁取られる。

 

 

 

 

 

今回のジョーカーの特徴

 

普通の男が、ジョーカーになるまでを描く。

 

これは、ダークナイト版のジョーカーが正体不明だったのとは大きく違う。ジョーカーの良さは、この正体不明さにあったと言っていい。

 

しかし、今作が暗示することは、誰もがジョーカーになる可能性があるということだ。現実にも、アーサーのように絶望し、虐げられている人々が存在する。

 

実際に、アーサーの境遇に同感を覚える感想も多い。現代社会でも、格差が広がっている事実がある。

 

アーサーという普通の男が、ジョーカーになるという恐怖がある。さらに、演じるホアキンフェニックスの怪演がとんでもない。

 

彼はずっと笑っている。何層にも変化するその響きは、さまざまな印象を届かせる。

 

生身の人間であるアーサー。それなのに、時折り、「人を超えた表情」を見せる。等身大の人間なのにだ!!このアンバランスな怪奇さに、彼の「笑い」が大きく影響していると思う。

 

 

 

 

ホアキン・フェニックスの怪演

 

本作のもっとも衝撃的な部分こそ、ホアキン演じるジョーカーの存在感だろう。徐々に狂っていくその演技は、絶賛されている。

 

身体も痩せこけ、とても気持ちの悪い様子になっている。等身大の男を演じ切るからこそ、ジョーカーとしての恐怖が増している。

 

もともとのホアキンはの表情は普通にシブかっこいいおじさんである。けれど、アーサーを演じるホアキンは、まさに虐げられた狂人だった。

 

彼の素顔を、今作のジョーカーと比較しておこう。

 

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過去作ジョーカーとの比較も楽しみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り扱い注意?

 

さて、絶望を描き、鬱映画とも評される今作。アーサーが体験する絶望は、リアルだ。だからこそ、負から生まれるエネルギーは強烈だった。

 

かつての「タクシードライバー」が孤独な男たちに影響を与えたように、今作も人々に響く可能性がある。実際に、アメリカではその可能性が心配されているという。

 

底辺にある男が、格差社会を揺るがす映画でもあるからだ。

 

たしかに、精神が弱っている時にみる映画ではないかもしれない。

 

やはりこの映画は、それほどの可能性に満ちた名作と言えそうだ。

 

 

 

 

ラストシーンの意味とは?

精神病院の個室でカウンセリングを受けているアーサーが映り、この映画は終わる。

 

このラストは何を意味するのだろう?

 

物語の後、あらためて逮捕されたアーサーは精神鑑定の結果、精神病棟にいる。この場合では、狂っている自分を受け入れ、今を楽しんでいる様子から、「ジョーカー」の誕生は確実と言える。

 

他の可能性としては、すべてがアーサーの妄想だった、というものだろうか。

アーサーはずっと精神病棟に入院していて、劇中の物語はすべて彼の妄想だったことになる。彼の妄想という症状は、劇中でも何度も示唆されていた。こっちの説もそれなりに説得力があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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イベントホライゾン 【ネタバレ感想】 SF映画なのに、ゴア的カルト映画??

記事の内容

 

「イベントホライゾン」という映画を紹介します。

 

SFホラー映画なのですが、B級扱いされているのに、一部で話題な映画です。

 

見どころやネタバレをまとめていきます。

 

 

 

 

イベントホライゾン あらすじ

 

 

 

西暦2047年、救助艇ルイス&クラーク号が海王星へと向かう。途上、ウィリアム・ウェアー博士から、“怖いもの知らず”と評判のミラー船長、そして彼を信望厚く慕うクルーたちに、海王星への航海の目的が初めて明かされる。

その目的とは、7年前に忽然と消息を絶った宇宙船イベント・ホライゾン事象の地平面)号の探査と乗組員の救助だった。イベント・ホライゾン号は、ウェアー博士の理論による超光速で空間を移動する重力駆動装置「コア」が搭載された人類初の深宇宙探査船であったが、極秘のうちに出発した処女航海で行方不明となり、7年ぶりに突如として海王星近傍に姿を現したのだった。

wikiより

 

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予告を見ると、宇宙船のデザインなどもしっかりしていて、いいSF映画そう。

 

 けれど、見た感想として、なんだかよくわからない映画、というもの。

 

バイオハザードなどの監督で知られるポール・w・s・アンダーソン監督作です。彼の映画につきものの、ややバカホラー感が最後まで感じられます。全体のクオリティとしては、B級と言われてしまうのも仕方がないでしょう。

 

それでは、あらためて見どころを探っていきましょう。

 

 

 

 

いろんな映画の要素あり

 

イベントホライゾンに乗り込むクルーたち。そこには、イベントホライゾンのクルーたちの無残な死体があった。船体をしらべるうちに、クルーたちは幻覚幻聴が生じ始める。

 

とくに、ウェアー博士は、亡くなった妻の幻覚に悩まされる。そして、自分が作り出したコアに執着していくことになる。

 

このコアの正体が謎。

 

はっきりとは、劇中でも言及されない。

 

徐々にあきらかになることは、コアそのものが意思をもっているのでは、ということ。ここが、この映画のストーリー上のキモになる。これは、あの「2001年宇宙の旅」に近い。

 

コアはワープする能力をもっているのだが、どこかにワープした結果、意思をもつようになったのだろうか?「地獄」というワードが登場する。

 

コアは人間たちの心理をよみ、地獄へ案内しようとする。(ここらへんの目的が謎)

 

そのために、グログロな拷問のイメージを幻覚としてあたえるのだ。イベントホライゾンのクルーたちも、その結果、仲間たちで残酷な殺し合いをすることになった。

 

最終的に、ウェアー博士はコアに精神を取り込まれる。そして、自らの目をえぐり、クラーク号のクルーたちを襲い始める。

 

「エイリアン」や、「シャイニング」など、有名映画で見たようなイメージが浮かぶ。ここら辺が陳腐として受け止められる理由だろう。

 

 

 

 

後半がカオス

後半になるにつれて、サイコグロ映画になっていく。

 

グロ描写そのものは、幻覚に登場するので、サブリミナル的に挿入されるだけである。しかし、このインパクトが強烈。だからこそ、このシーンが一部の人に支持されているのであろう。

 

こちらでちらっと見れる。

www.youtube.com

 

近いイメージとして、あの芸術的グロ映画「ヘルレイザー」が浮かぶ。実際に、本作にヘルレイザーの監督がかかわっているらしい。

 

おかげで、そのグロ描写だけは一級品。

 

SF、そして、宇宙船のなかで繰り広げられるサイコ殺人というカオスなありさまが楽しめる。アンダーソン監督らしく、終わってみればなんだかふわっと楽しめる。

 

 

 

 

サム・ニールの怪演

 

サムニールといえば、ジュラシックパークなどが有名だろう。

 

そんな彼が、今作でも博士として登場する。

 

しかし、ふたを開けてみれば、彼がどんどん狂気に落ちていく。自らが作り出したコアに執着するがあまり、意思をもったコアにのみこまれてしまう。

 

その結果、一気に狂気的な悪役へ。

 

自らの目をえぐり、全裸で襲ってくる。

 

サムニールの狂気(?)は、楽しめる映画だと思う。

 

 

 

 

 

 

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【働かなくていい時代が来る?】 本当に自由になるか?何に時間を使うか?

記事の内容

 

「働かなくていい時代が来る」

 

こんなことを予言する人たちが存在している。

 

 

未来のことはどうなるのかわからないが、「働く」という概念が大きく変化することは間違いないだろう。それに、従来の意味で言うような労働の時間は、やはり、減っていくはずだ。いずれにせよ、人工知能が私たちの労働をやってくれるようになる。

 

それならば、時間ができたわたしたちは、何をすればいいのだろうか?

 

・遊び力

・楽しみとは、人から与えられるのではなく自分で作るものだ

・教養とは、自分で楽しみを作る力

・時間が何よりも大事

 

個人的には、こんなキーワードが浮かんだ。きちんと考えてみる。

 

 

 

 

 

 

何よりも大事なはずの「時間」

 

まずは、根本的なところを改めて確認したい。

 

それは、時間がなによりも大切だ、ということだ。

 

「時は金なり」ということわざがあるが、これは誤解している。お金なんかよりも、よっぽど「時間」のほうが大切である。原理的には、時間を操作することは人間にはできない。

 

だから、限られた時間を何に使いたいのか、よく考えるべきである。

 

そんな大切な時間を労働に使わなければいけなかった。多くの人は、働くことに時間を使いたいとはおもっていないはずだ。好きなことが仕事になっている人以外は。

 

さて、労働が減るという方向へ進むならば、時間ができるはずである。この何よりも大切な時間を何に使うのだろうか?

 

 

 

 

 

私たちは何に時間を奪われているのか

 

さて、労働時間が減ったところで、私たちの自由な時間は増えるのだろうか?

 

本質を考えよう。

 

自分の自由な時間とは何か?

 

「自分がやりたいことが今できている」、これが自由な時間であると定義しよう。

 

それなら、「自分のやりたいこと」とは何か、分かっていることが核になる。

 

つまり、時間ができたところで、自分のやりたいことをできていなければ、意味がないのだ。私はそう思う。

 

次に考えるべきことはこうだ。自分のやりたいことができていないのならば、その原因はなんだろう。

 

簡単に言うならば、

 

他人に時間を使われている

他人の時間を生きている

 

ことが原因だと思う。

 

さらに深掘りする。

 

 

 

 

 

他人に時間を奪われている

 

他人があなたの時間を奪っている。

 

具体例を考える。

 

仕事や労働もそうだ。時間を代償に賃金をもらう。ほとんど、だれかが作ったルールのもとで、労働者は使われる機械だ。(だから、AIに仕事を代替されるのはあたりまえでもある)

 

他のわかりやすい例を挙げよう。

 

それは、テレビだ。現代はだいぶ変わったが、少し前まで国民はみなテレビを見ている状態だった。そこでは、テレビ、メディア側が儲けるために、私たちの時間を奪っていた。

 

貴重な時間を無駄にしているという意識を芽生えさせないように、テレビはしてくる。テレビ側もビジネスでやっているからだ。そのために、私たちは、常識や価値観をうめこみ、踊らされることになる。これもすべて、一部の人が得をすることにつながる。この本質こそ、その一部の人に多くの国民の時間が奪われていることを意味するのだ。

 

他人の価値観で生きることは、自分の時間を生きることとは真逆の行いである。

 

もう一度、強調する。

多くの人の時間を奪える人に、金は集まるのだ。ほとんどの人は、この儲けの構造によって、時間を搾取される。これは別に悪いことではない。多くの人を魅了できるほど、価値があるということでもある。

 

しかし、搾取される側にいることが本位かどうかは、各個人で考えるべきだ。

 

例えば、自分が見たくてテレビを見ていても、それは他人に時間を奪われたことになるのだろうか?自分のしたいことができているではないか。

 

答えはイエスだとおもう。やはり他人に時間を奪われている。

 

本当にこれが私が望んでいることなのかどうか。これは、自分自身にもわからない場合が多い。つまり、「自分がやりたいこと」も、他人にすでに操作されているのだ。

 

またテレビを具体例にあげる。家に帰宅すれば無意識にテレビのスイッチを入れてしまっている状態である。ここに、自分の「思考」はない。よって、自分の無意識的な行動を疑うべきだ。それを繰り返してはじめて、自分のやりたいことに近づき、それをできるようになっていく。

 

自分の時間を生きるということの本質が見えてきただろうか?

 

 

 

 

 

自分の楽しみは自分で作る

 

これもでの認識をふまえ、自分の時間の使いかたについて、抽象的に考える。

 

楽しみは人から与えてもらうもの

時間とは与えられているもの

他人の時間を生きている

 

 

これらの反対として、

 

自分の楽しみは自分でつくる

自分の幸せは自分でつくる

 

 

こうした転換こそ、時間を何に使うのかが鍵になる時代では、より重要なのではないか。

 

 

 

 

教養

 

そこでひとつの方法として、私は教養というものを重視している。なぜならば、

「教養とは自分がわかることだ」

「教養とは楽しみを作る技術だ」

 

と考えているからだ。

 

これらは、「遊び力」とも関係があると思う。

より詳しくは、次の記事を見てほしい。

 

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おすすめ

 

 

やはり、本質を知っている人は、未来に何が変わらないのかを知っている。彼らの知恵を借りるのは、とてもいいことだとおもう。

おすすめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参考になる記事はこちら。

 

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仮面ライダーゼロワン5話 ネタバレ・感想 新フォーム登場 迅と滅の正体とは?

記事の内容

 

仮面ライダーゼロワン第5話のストーリー、ネタバレをまとめる。

 

まだ見ていない方も、見逃してしまった方のためにも、記録したい。

 

とくに、ゼロワンのストーリー上、重要になるであろうネタバレを強調しておく。

 

毎週、楽しみ!!

 

 

 

 

第5話、ストーリーネタバレ

 

アルト自身も大ファンである漫画家の先生のもとへ、新しいヒューマギアを届けるアルトとイズ。

 

しかしそこでは、その先生は、ヒューマギアたちを道具のように扱っていた。かれは、漫画制作に対しての「情熱」をすでに失っていたのだ。

 

その姿に失望するアルト。

 

故障したヒューマギアの代わりに新しいものを、先生のもとに届けるのを躊躇する。そんな彼に対して、規約に「情熱」の項は含まれていません、と助言するイズ。彼女には、アルトの気持ちが理解できなかった。

 

しかし、イズは亡くなった先代社長の言葉を記録から検索する。

 

「情熱をもって仕事する人々をたすけるのが、私たちの仕事だ」

 

彼の姿を目にしたイズは、彼女の独断で、新しいヒューマギアを漫画家先生のもとに届けることに反対する。

 

そんな中、迅の策略でまたもやヒューマギアが暴走してしまう。

 

ゼロワンは、熱の特徴をもつ新フォームに変身する。

フレイミングタイガーだ。

バルカンとの協力もあり、撃退に成功する。

 

その戦う姿を見ていた漫画家先生は、アイデアがわき創作の意欲を取り戻す。

 

 

一方、迅と滅は次のような会話をする。

 

迅「僕は、滅のなんなの?」
 
滅「お前は俺の息子だ」

 

 

 

 

アークとはなにか

迅と滅は、アークの復活が目的。
アークに接続できると、ヒューマギアを暴走させることができる、と語る。
 
そして、滅は、自我が目覚めたヒューマギアをさし、「迅、お前のお友達だ」という。
 
ここから、「アーク」の復活の目的が分かる。
 
もう一つ、重要な点は、「ヒューマギアと自我」に関することだ。
 
滅の発言から、察するにヒューマギアすべてが自我を持っているのではない。一部が、自我に目覚めるといえそう。そして、自我に目覚めた個体を、迅と滅は暴走させることができるのだ。
 
そして、迅の正体が気になる。
 
 
 
 

迅の正体とは?

滅の発言から、迅の正体はヒューマギアであると推測できる。
 
「息子である」という発言が意味するところは、お前を作ったのは俺だ、ということだろうか?
 
遺伝的な父である可能性も捨てきれないが。
 
そして、迅も「自我」に目覚めた存在である。彼の立ち振る舞いはほかのヒューマギアたちとは違っている。より自然で人間に近い。
 
 
 
 
 

イズも自我に目覚めている?

今回もひたすら有能だったイズ。

 

彼女の自律的に独断できるという性質こそ、やはり、彼女も自我に目覚めている証拠なのだろうか?

 

おそらく、物語の核心に触れるであろう、イズの正体も気になる。

 

彼女も暴走させられることになるのだろうか。

 

仮面ライダーの展開的にありえそう...

 

 

 

 
 
徐々に物語が動き出してきたゼロワン。
毎週楽しみです。
 
グッズもどんどん出てきているみたいなので、要チェックですね。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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